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今日とある9時ドラを見てて思ったんです。

どんなドラマかというと、
世の中をうまく渡り歩いた弟と自分の正義を貫いた兄のお話です。

結果的に多少手を汚しても全てを手にいれた弟。
正義を貫いたけれど最終的に全てを失ってしまった兄。

物語自体は誘拐殺人の話なんですけど、
この二人の人物像の対比がすごくリアルに感じられたんです。


夏休み前、用があって家の近くの浜辺に行ったときのこと。
偶然今通ってる大学のOBという人に会い、色々と話をしたんです。
要約してしまうと、その人は今日見たドラマの兄に似ています。
ところが彼は、
「適当に抜きながらいかないともたないよ」
と言う言葉を最後に残して行きました。

ちょうどその頃、ぼくはどうしても理解できない疑問を抱いていました。
大学の体制についてです。
周りの教授を含めたほとんどの人が、
過去問を前提としたテストが当然だといった雰囲気なんです。
教授は、過去問とそっくりのテストを出してきます。
正直、過去問だけやっていれば、高得点は簡単に取れます。

確かに要点となるところが毎年変わるわけはありません。
それは理解できます。
過去問を要点チェックとして使うことには何のためらいも感じません。
でも、過去問がカンペとなっていることに強い憤りを感じるのです。
ひどいものになると、重箱の隅をつつくような問題で、
過去問をやっていないととてもできないようなものを出してくる教授もいるのです。
そんなものは、とても大学での勉強の成果をはかるものとはお世辞にも言えません。
もちろん大学での勉強は、
他人に評価されることを目的としてやっているわけではないことは百も承知です。
でも、自分の勉強をするために、進みたい道に進むために、
ある程度の他人の評価が必要になると言うことは事実です。

では百歩譲って過去問のまま出すことを認めたとします。
だとしたら、皆平等に過去問を入手できなくてはいけないと思うのは当然のことです。
ところが、過去問を配る教授は皆無です。
先輩との人脈がない人はどうするのでしょうか?


平等でない条件でテストを受けることはできません。
かといって、現実的に受けないわけにはいきません。
だから、ぼくは過去問を使いわずにテストを受けました。
もちろん、結果がどうであれ、
これからも自分で信じる正義をゆずることはできません。

ドラマの弟のように、
あるいはOBの人が身をもって体験したように、
世渡りのうまい生き方が正解の道なのでしょうか。
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